2007.09.15

《LIFE - fluid, invisible, inaudible ...》をめぐって

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ICCにて坂本龍一+高谷史郎の新作インスタレーション見て参りました。

やはりこのインスタレーションの仕掛け人は、YCAMの阿部一直さんと、ICCの四方幸子さんでしたな(多分)。
山口からはるばる阿部さんが来てた(多分)。
YCAM主任キュレータ・阿部さんによる解説やレポートはこちら。
充満する厚みなき厚み──坂本龍一+高谷史郎新作インスタレーション

企画の出発点が2005年という事は、古橋悌二没後10年・LOVERS特別展がきっかけになったというのも大いにありそう。
「そろそろまたICCやYCAMでやりませんか」みたいな。
あの時のシンポジウムメンバーは、浅田彰、高谷史郎、阿部一直、四方幸子でした。
阿部さんはYCAMの主任キュレータで、四方さんはICCのキュレータ。
キャノンアートラボ時代以降から、ほとんどのdumbtype関係の展示における学芸員を担当してこられた2人です(確か)。

今日のオープニングトークは浅田彰、坂本龍一、高谷史郎、飛び入りで中沢新一(!)という、なんとも豪華なメンバーでした。すっごく面白かった。
今日は120%浅田彰でした。メモ死亡。
ですがやはりdumbtype関連や制作関連の方が格段についていきやすい。
話の内容が理解できて嬉しかった。

印象に残っているのは、この「LIFE - fluid, invisible, inaudible ...」を浅田彰が『不確定性の森』と呼んでいた事と、『リニアからノンリニアへ』『ノンリニア的な共生論』というのが、みなさん共通する意識、コンセプトだという点でした。
後付にしろ何にしろ、しっかりした骨子なわけです。
ひとまずレポ書きますね。

◆1999年、朝日新聞創刊120周年記念のためのオペラ「LIFE」
99年にやったオペラ「LIFE」のコンセプトは、コンセプトデザインで携わった浅田さん自身が言うには、「戦争と革命の20世紀を音楽史もシュミレートしながら振り返る。そして、戦争と革命に代替するビジョンを提示し、共生の大地へ移行する。最後はある種の救済のビジョンを提示する」という、世紀末の「モニュメンタルな記念碑と言っていいような作品」。
リニアな歴史を超えて、ノンリニアな共生の大地へというコンセプトなのに、タイムコードに従ったオペラという「リニア」で、矛盾した表現方法のままやってしまった作品だ、とも言っていた。
そういうわけで、オペラ「LIFE」は前哨戦、なんて言うわけ。対比とも。
オペラでやってしまった矛盾した表現方法に対する鮮やかな回答が、このインスタレーション版「LIFE」。
誰がどういう風に横切って見てもいいし、どんなタイミングでどんな音や映像が流れてもいい。
本来のコンセプトである「共生」の空間になっている、と冒頭でまとめ(定番)。

◆教授はオペラが大嫌い
リニア、というのは文字通り「linear:直線状の〜」ということ。
対するノンリニアとは、「nonlinear:非直線状の〜」ということ。
教授のオペラ嫌いと合わせて、話はそこから始まる。

教授のやってる音楽は125/1000とかのミリタイム(1秒を1000に分けたうちの125、という事だと言っていた)で「構築的に」作るし、音楽は始まりがあって、4分や5分、クラシックなら1時間とか、オペラなら3時間で必ず終わる仕様になる。
本来ならピアノの一音をポーンと鳴らしても最後は周囲の雑音に混じって消えていくのに、いちいち区切りをハッキリさせすぎている、と。それがリニア、という事にもなる。
そういったある種の拘束とも言える中での制作をずっとやってきたし、考え方もするし、そうやって作ってきた音楽が多い。始まりと終わりが確実で、オペラやミュージカルなんかは特にその辺が嫌い。タイムコードに沿いすぎてるというのかなぁ。
「僕オペラ嫌いなんですけど。嫌いなのに作ったっていうのも矛盾してるよね」なんて事も言っていた。
流れとしてもリニアなまま99年のオペラ「LIFE」を作ったし、それはやはりとても構築的だった、と振り返っていた。

◆オペラのリニアさから、本来の共生・ノンリニアへの過程
繰り返すようだけど、だからこそ今回のインスタレーションは、今までのリニアかつソリッドな明確なものではなく、それこそタイトル通り「fluid:流動的な(⇔solid:固定の)」、「invisible:目に見えない」、「inaudible:聴こえない」というような 、「『時間』という思考方法から逃れられた、ノンリニアなものを作りたい」というところをスタートにしてる。
浅田さんは「流動的でよく見えない・聴こえない、だけどもそれらの気配を感じられるもの」という言い方をよくしていた。

制作過程について話している時に教授は、「音を博物学のように扱いたい」と言っていて、コンピュータのプログラムにランダムな算出をさせる前の段階で、音の分類にこだわってやってみたと話していた。
オペラ「LIFE」から持ってきた音が75%くらいで、トータルでは400ほどの音声ファイルを分類してからプログラムに任せ、インスタレーションの音を作ったそうな。
教授の言う「博物学」というのは、例えば音のソースが「金属からなるもの」、「植物からなるもの」で分けるという事。
行為では「引っかいたもの」などで分ける事をいう。

映像はさすがにそうやって分けるのが本末転倒な作業になりがちだったので、大きな枠組みも大して作らず、敢えて「乱暴な編集、暴力的なテキストの流し方(読むことを前提としていないdumbtypeのあの、どわーっと流れるやつをイメージしてもらえれば分かりやすい)をした」。
ここ数年高谷さんは結構こういう掴みにくいような、陽炎のように揺れるようなインスタレーションを作る傾向があったし、dumbtypeの「memorandum」以降は、「読めるもんなら読んでみろ」と言わんばかりの英文テキストをブワーッと流す手法を多く使ってたので、慣れた(笑)
あれは乱暴な編集で、暴力的だったのか、と(笑)

◆映像におけるノンリニアへの過程
高谷さんも教授の制作具合なんかと同じく、dumbtypeではガチガチの詰めて詰めての構築的作品をやってきたりした人。
ツアーごとに作品が進化するワークインプログレスではあるけれど。
たとえば、何分何秒からこの映像で、とか、このタイムはこのダンスや装置でとか。そういった基礎部分はとてもリニアで構築的なわけ。
それこそ、かつては手拍子でやってた音楽部分が、池田亮司が入ってからはexcelのタイムコードに沿ったものになったり(アナログな方法論でやってた彼らは池田亮司のやり方にかなりビックリした、という話を去年聞いた)、舞台なので「時間」に基づいた制作をしてきた。
ここの部分で教授と高谷さんは共通してるわけです。
表現方法を世間で言うような「実験的に」模索してきたという点も。

高谷さんの言葉で大切だなぁと思ったのは「見せる・見る」という行為への執着っぷり。
「たくさんのお金をかけて、高解像度の映像を撮って、高解像度のプロジェクターを使って、凄くリアルでキレイなのをスクリーンに投影しても、それは単なるハリウッド映画のようで、見る側は情報だけをキャッチして、というような、それだけのものになってしまう」、「そういった美しさとかの欲望も制作における側面としては、アーティストが持ってて当然だけど、高解像度のクリアさ・美しさを求めるのは、『僕の中では』ですけど、技術的な喜びでしかない」と。

高谷さんはとにかく一方通行的なものを嫌うような、そういう制作スタンスをとる人だというのが、このへんからもよく分かるなぁ、と思って聴いてた。

◆キーパーツは霧
装置に関しては高谷さんがよく話していた。
主に設計したのは、建築が専門の高谷さんだというのもある(多分)。
このインスタレーションは、天井から吊るした9つの正方形の水槽に、天井からプロジェクターで投影をする、という装置になっている。
本来ならば、水槽とプロジェクターの間には、敢えて投影を遮るようなものは入れないし、クリアな映像が投影されて、それを下から客は見上げる、音が聴こえる→はい!おしまい!なんだけれど、今回の装置は少し工夫がしてあって、水槽端からは超音波で霧がランダムに発生するようになってる。
展示の写真はICCのページを見てね。

霧はある意味有機的で、人間側からはとてもコントロールできない、とても不確実なもの。
そこをコンセプトとも合わせて上手く利用した作品。
そういった仲介物を、プロジェクターと水槽の間に漂わせることで、同じ瞬間のないような、一瞬一瞬がすべて、という流動さがますます面白くなってる。
「見た人が情報だけをキャッチして帰る、というハリウッド映画みたいな事にはなりにくいし、いちいちあれこれ、見えない・聴こえないからこそ、お客さんが見ようとしたり聴こうとする。霧を仲介する事で、そんな空間にできた」と言ってた。

私、高谷さんの何が好きかっていうと、こういうような、お客さんとアーティストが作品をシェアする、という事を常に考えてるところ。
劇場に関する考え方もそう。
素材はたくさんあるんだから本当はもっとdumbtypeでもレイハラカミでもDVDとかボンボン作ってほしい。
だけど、敢えて劇場などに限定して足を運ばせる事で、その空間で演者と客が作品をシェアできる、それが1番いいアートの形、だから僕らは劇場にこだわる!なんていうのがとても凄いなぁ、全く商業的じゃないなぁ、安売りしないなぁ、といつも思う。
dumbtypeの人たちはつくづく頭からお尻まで貫徹してるというか、本当にプロ根性だなぁと思う。
悪く言えば頑固で、非商業アートですが。
プロからも尊敬されるのはそういうのもあるのかな、と密かに思う。

装置の話に戻って…
「京都でいろいろ実験してて、どうなるかなぁという感じだったけど、YCAMでポンとやってみたら凄く面白かった。それが1月くらいでした(笑)」とか言ってた。
冬のYCAMは結構ギリギリだったみたいです。



ちょっとたくさん書いたので、ひとまずこのへんまで。
覚えてること、思い出したこと、過去のお話と結び付けて、より納得したり思ったりした事を中心に書いたので、多分、作品自体の事はあんまり分からないかも。

実際に体感してみての感想は、この作品は何かメッセージ性があるとか、そういったものではない、それこそ本当に流れていくような、漂うような、悪く言うとちょっと不安定さも持ち合わせた作品だなぁ、というのがよく分かったし、その面白みもよく味わえた。
始まりも終わりもないから、とにかく飽きずにずっと体感していられる。
寝転がって仰向けになって水槽を下から見ても良いし、水面で屈折した投影を斜め下から見ても歪んでて面白い。
タイミングが良いと、青空と雲の流れる映像、風が吹いてるような音に出くわしたりして、そういうのも面白い。
ボーっと見ていられる。
教授も言ってたけど、私も家にほしい!
展示室では仰向けになったまま寝る人続出(笑)
α派出まくり。20世紀の総括が大本のコンセプトにある作品だから、やはり時たま轟音と大戦の映像が重なるとか、そういったシリアスな部分もあるのだけど。

最も良いのは、言うまでもなくICCへ行く事です。
投げやりどうもすみません(笑)

◆おまけ
面白かった「こぼれ話」もたくさん聞けた。
なんかところどころ同窓会みたいな雰囲気を醸し出してた。
中沢新一もまぁまぁ面白い話をしてくれたけど、それにいちいち食い下がったり、わざとシカトする浅田彰も面白かった。
何かニューアカ同士仲が良いのか、浅田さんはっちゃけてたなぁ。聴衆を置き去りにする私的トークも間々あり。
京都にゆかりのある人たちばっかりだったので、中沢新一が若干置いてけぼり食らってる時に、追い討ちをかけるように庭園の話したり(笑)
中沢さんに話を振っておきながら、中沢さんがつまって「う〜んと庭はねぇ…」とか言い出すと、すかさず無視して高谷さんに「高谷くんは芸大で建築やってる時に、庭師の先生のところでバイトしてたよね〜」とか、むちゃくちゃ(笑)。
で、高谷さんが「そうなんですよ、なんか河原とかに行って、おっきな石を探したり、庭で石を僕たちが動かして、先生が『もうちょっと左!』とか言う(笑)。そんなバイトしてました」、とか。

あるいはその逆もあった。
教授が「禅」とかに惹かれてるのを最初に知った中沢さんは「教授、最近枯れてるね」って言ったんだと!
教授はそこで「うん、枯れてる(笑)」って言ったんだけど、中沢さんが「ねぇ、浅田さんはどうなの?枯れてるの?どうなの(笑)」と聞いていて、浅田さんはこれに答えず強引に次の話題に行こうとしてたり…蒸し返して中沢さんがしつこく聞くと「僕はね、京都の人間だから枯れてるとか言われるのは嫌なの!」と反論してた。仲良しですなぁ。楽しそうですなぁ。

他にも教授も結構あっけらかんといろいろ喋ってたし、フリートークを覗いた、って感じの部分も結構多かった。

浅田「ミュージカルとオペラは許さん!ゴルフも嫌い!って言ってたよね?」
教授「オペラは何度か見ちゃいました、CDも買っちゃいました。ゴルフはね…テレビで1回だけやっちゃった…(笑)」




ラップトップコンサートも夢心地で貴重な体験できた。
照明の落ちた「LIFE」の展示室で、天井から吊るされた9つの水槽をそのまま使って、高谷VJ!!
高谷ブルーはやや抑え気味だけど、「Voyages」に通じるような地球儀映像はやっぱりドキドキした。


ICC内に6時間以上いた。
あと、なるほどザ・ワールドの、あの楠田枝里子さんが来てた。
芸能人オーラ出てたけど、よくレセプションなんかで展示をサラッと見て帰るような粗暴?な芸能人ではなく、とことんインスタレーションに見入ってた。完全に客化してました。
展示室には1時間以上楠田さんいたなぁ、感心。
知的でした。イヤリングがやっぱりでかかった。

あ、教授と高谷さんインタビューがテレビで流れる予定。
10月7日の新日曜美術館らしいです。
※後日追記…こちらで見られます。

今後の活動についてのところで聞いたお話。
今年の冬、高谷さんは急遽北極や南極へ行くそうで…。
科学者とアーティストの実験的試み@北極や南極、に参加するらしい。面白そうー。科学者たちといってそのあとどうするかとかはまだまだ未計画で無謀なプロジェクトらしいんですが。

秋はベルリンでdumbtypeの「Voyage」やる、と。
こちらはいよいよ着地です。


高谷さんが海外へ出かけるので、なんとなく私は卒論に打ち込めそうな予感。
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この記事へのコメント
はじめまして!
いろいろな情報ためになりました。
10月7日の新日曜美術館は逃してしまいました。
残念。
また見に来ます。
Posted by トッぽんぽん at 2007.11.02 14:16 | 編集
はじまして、コメントありがとうございます!
新日曜美術館ですが、私も見逃してしまって…。
後々にこちらにあるのを教えてもらいました。
http://jp.youtube.com/watch?v=H4YlmgXqcyQ
Posted by 獏 at 2007.11.02 16:17 | 編集
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